2020.06.30 18:58深海 おわり (文「・・本当にいいんですね?」「はい。もう決めたんです。」「わかりました・・。あなたの選択を私は守りたいと思います。」小雨の雨音が香の耳にはなぜか優しく届く。こんな日でよかったと思った。なにもかもキラキラ光る晴天の青空の下では、やっと沈めた気持ちが顔を出してきてしまいそうで、雨に紛れて早くと焦りだけが回っていく。カチャッとノブを回る音と共に、白髪の少し小柄な老人が姿を現し、「熱は下がったようじゃのう...
2020.06.01 09:32深海 7 (文かおりかおり意識が意思と反して、浮かび上がれない重い。熱い。混濁する感情に比例するように、身体の芯からざわつきに撫ぜられ、丸い丸い玉が、額や背中を伝うのをもう一人の自分がどこか遠くで見下ろしているようで。もういい。もういいんだよあなたは頑張ったんだからねえ、アニキ?あたしを優しく諭すもう一人のあたしは、懐かしい少女の頃の姿で、傍に佇み柔らかい笑みを浮かべる会いたくてたまらなかった、その存在に抱きつ...
2019.09.08 14:51深海5 (文「香さん、またここに居たんですか?もう日も暮れました。帰りましょう。」呼ぶ声の方に視線を向けると、またゆっくりと広がる地平線に視線を移し、ぼんやりとした声で香が答える。「海を、、見ていました。」「、、何が見えますか?あなたの瞳には。」ハッとした顔で弾けるように顔をあげ男を見る。困ったように眉を寄せ、一瞬切なさを浮かべた表情を見せた男だが、そっと香の両手を包み込むように掬い上げ、「こんなに冷たくなっ...
2019.06.09 11:37深海4 (文黄昏時の色をゆらゆら揺らめきながら映している水面を、時折視界に挟みながら赤いクーパーが家路へと急いでいく。脳裏に浮かぶのは兄の顔ばかりで。兄が話していた国生みの話が何故だか今の自分達の状況に重なっていく。憎しみなんてないそもそも持てるはずがないけれどジワリと心を蝕むこの厄介な黒い感情は確実に自分の中で育っている。これだけは知られたくないから。こんな想いを抱えているなんてそんな資格すらないといつも辿...
2019.03.20 08:09深海 3「お久しぶりです、冴羽さん。香さん。」凛とした立ち姿はあの頃の面影のままで、一年と少しの時間の流れが無かったかのように、屈託のない笑顔を向けてくる。変わらないな。国のトップに立っているのに、こんな風に自然、懐に入り込んでくる無邪気さがあったなと懐かしさに獠は思わず目を細める。隣の気配を探ってみるが、特別過度な緊張などは伝わってこず、いつも通りの香の様子にこれならば大丈夫だなと話を続けていく。昨夜、...
2019.03.04 11:48深海1.2 (文あの日あの時に時間がもし戻るなら手を離す事をためらう気持ちごと全部あの海に沈めてしまおうプルルルルーープルルルルルルーーしん。と静まった冴羽商事のリビングに、少し高音の機械音が鳴り響く。「はーい、はいっはいっと、、」夕食の片付けをしていた香は、エプロンで手を拭きながら慌てて受話器の方へ急いだ。相変わらずの食欲で、あれやこれやと全て平らげたパートナーの同居人は、最近は香の料理にウダウダ文句をつけるこ...