2022.03.18 12:04キオク ミライ 記憶 未来の先は 5 (文 4.4加筆しましたあの日は空が泣いていた泣いた空から落ちる雫はひどく冷たくて痛かった。冷たいのは頬を流れ落ちる雫なのか、心なのか、それとも受けた仕打ちからなのか、霞が濃くなる視界や全てではもう何もわからなかった。淹れ立てのコーヒーの香りが鼻腔をふわりと掠めていく。不意に浮上してくる自身の記憶のカケラに埋もれていきそうだった意識が優しく引き戻される。「はい、どうぞ」カチャッと微かな音とともに、湯気を纏いながら香の目の...
2022.02.22 00:51キオク ミライ 記憶 未来の先には 4 (文振り向くともうそこには誰も居なかった。暗い路地裏。なんだかふと胸が痛んだ。「香さん?」「あ、ううん。何でもない」「あれ〜? あの人もういない」間延びしたひかるの声は沈んだ心に柔らかさを添える。「…そうだね」香が少し眉尻を下げながら呟く。「ねえ香さん、今度お店に来たら聞いてみません? 名前のこと」「…それは、お店の制服にあたしの名前入った名札付けてるからじゃない?」「か、お、り、さん! 違うんだな〜...
2022.01.06 07:20キオク ミライ 記憶 未来の先は 3 (文 1/23加筆ガラス越しに、淡い光が瞳の奥に溶け込んでくる。ふう、と無意識にため息が漏れる。「ため息なんて……」どうしてだろう。一昨日前に交わしたやり取りは心が温かくなるものだったはずだ。『名前、そこにあったから…』『ありがとう』優しい瞳をしていた。少し高いトーンの優しい声だった。胸はわかりやすく跳ねた。「だけどなあ……」ぽつりと落ちた言葉は、ため息と同等の重さを含み、顔色は冴えない。レジ横にあるメモ帳にぐるぐ...
2020.09.25 12:19キオク ミライ 記憶 未来の先は 2 (文「ランチを一つお願いできるかな」「ランチですね。お飲み物はどうされますか?」「…コーヒーを」「はい。コーヒーですね」 オーダーを取りながらも、先程の二人連れの客を視界の端で追いかけてしまう。 仕事中だ、いけない。とふるりと首を振れば、接客中なのを思い出して、慌てて客の方に視線を移す。「す、すみません! こ、こ、こ、コーヒーはしょ、食後にお持ちいたしましょうか?」 動揺に比例するようにひっくり返る声...
2020.09.15 21:40キオク ミライ 記憶 未来の先は 多分あたしには忘れている記憶があるんだろう。 どうしても顔は思い出せないけれど。 出会えばきっと、あなただと分かるとあたしの全部が知っている。 顔も。 声も。 わからないけれど。 癖のある髪や、広い背中はちゃんと覚えているから。 春、夏、秋、冬。 季節をいくつ巡っても、忘れられないこの想いは痛くて痛くて、とても甘い。 肩にかかる髪が少しだけ鬱陶しい。カチャカチャと気ぜわしい音が響く中、ぼん...