その先にあるもの2 (文、少しイラスト



「はあ〜〜〜〜、、、、」

大きな大きなため息が溢れる。
コポコポとサイフォンから聞こえてくる音が、心地よく響く店内に似つかわしくない負のメロディ。
香のため息に重なるようにカチャリと目の前に淹れたてのコーヒーカップが置かれる。
マイナスに落ちていた気持ちに、ふっと
暖かな日が差すような、そんなさり気ない美樹の優しさが有り難かった。
くるくるくる。とスプーンでコーヒーを混ぜながら、どこか上の空の香に、
ニンマリ。しながら視線を寄越す美樹に

ヤバい、、
この美樹さんの顔はヤバい、、、
平常心。平常心。
と、心の中で唱えながら
「え、えーと、海坊主さんの手作りのこのチョコケーキ美味しい!流石海坊主さんね。」
ちょっとだけ声が裏返った気がするけど、
気のせい。気のせい。大丈夫。
「、、、香さん、それチーズケーキだけど。
   濃厚まったりチーズケーキだけど。」
「へ、、、!?」
嫌な汗が背中をつーとつたう感触。ジト目の美樹さんが頬杖ついて、逃がさないわよ。
とばかりに視線でなにがあったの?と
じわりじわりと訴えかけているようで。
思わず両手でコーヒーカップをぎゅっと握りしめてしまい、力の加減が分からず壊してしまいそうだと気づき、慌てて手を離す。
あたふた。ドキドキ。落ち着けあたし。
「え、えーとね、べ、べつに特になんにもないけど。なんにもないわよ、あたし達は。
うん。」
「、、私なにも言ってないけど。冴羽さん
 なんて一言も言ってないわよ〜〜。」
「あれ??、、、う〜〜、あ〜〜、、、」
 ダメだ。もう完敗。やっぱり美樹さんには
 敵わない、、、
恥ずかしくて顔を上げられなくて、俯いたまま、顔がどんどん火照っていくのが自分でも
わかる。
あれ?一月よね?暑いんだけど。
暖房効きすぎかしら。


コポコポコポコポ。
と先程は店内に癒しの音として響いていたそれが、今はいたたまれない恥ずかしさの限界を煽るように沈黙の二人の間に流れていく。

コポコポコポ。
ドキドキドキ。

うるさく波打つ心臓の音に重なり、加速していく顔や体や心の火照りに、ジャ、ジャケット一枚脱ごうかな。などと斜め方向に思考が飛んでいた香を見かねて、ペロッと舌を出してごめん、ごめん。と片手でジェスチャーを送ってくる美樹が、大人の女性と悪戯っ子のようなあどけなさの部分が混じり合い、やっぱり美樹さんって素敵だなあ、、、とぼんやりと見惚れてしまう。
「ごめんなさい、香さんがあんまり可愛いから、つい、ね?」
か、可愛い?
なにが、つい、ね?
わからないけどやめてほしい。
ニンマリ顔の美樹さんが時々天使の顔をした悪魔にみえちゃうのは気のせいかしら?
「香さ〜〜ん、聞いてる?香さん!」
「あ、あ、えとごめんなさい。聞いてなかった。何か言った?」
やれやれといった表情の美樹が肩をすくめて
朗らかに笑う。
「もう!ほんと素直な人ね。あのね、何か聞きたいことがあるんじゃないの?って言ったんだけど。」
「へ?」
「違う?」
「そ、そうだけどな、なんでわかるの!?」
「だって顔に書いてあるもの。」
「!!?ーーー」


アタフタと慌てふためきながら、両手を頬に当てたり、頭を抱えたり、ひらひらと仰ぐ真似をしたりと真っ赤になりながら、シュウシュウと湯気がでているんじゃない?と思うぐらい、
テンパっている香を美樹はとても好ましく思う。
多分、かの男に負けないぐらい彼女を可愛いと私だって思ってるんだから。
あ、でもやっぱりちょっと、ううん。ある意味完敗かな。
あのヒト、あんな涼しい顔してお腹の中じゃ
それはそれは真っ黒でぐっちゃぐちゃで、
ドッロドロの執着心を抱えてるわよね。
抱えてるだけならいいけど、時々、一点集中型で香さんにのみ発揮されるみたいだから、
ホント香さんも大変ね。
「、、ほんとに、香さんも大変ねえ、、」
「え?」
驚いたように顔を上げて香は美樹を見つめる。
「ああ、ごめんなさい。今のは私の独り言。それで?なにを聞きたいのかしら?」
「あ、、、うん、、」
今聞かなければいつ聞くというのか。
本や雑誌に頼っても男女の間の決まりごとなんて、全て当てはまるようで全て当てはまらないようで余計に悩み事が増える気がする。
ちらり。と周りを見渡すと、朝の朝食の時刻をとうに過ぎているからか、香以外の客は見当たらない。
ふう、、と気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐き出して、ゆっくりと切り出す。
「ええと、、、なんだかね、なんだか上手くいかないの。い、以前とは違って今の方が獠がわからない気がする、、」

なにも変わらない日常の流れ。
変わっていった自分達の関係。
プラスに変わったはずの関係が
マイナスにゆるりゆるりと下降していくようで
止める術を見つけられないまま
変わらない日常だけが過ぎていく今の2人は
限界だと思う。

あ、でも獠は違うかな。
なにもなかった以前に戻ればって思ってるかな
あたしは出来ないけど獠は出来ちゃうのかな


「香さんはどうしてそう思うのかしら?」
キュッキュッ。と綺麗に洗い上げられた白い食器を1枚1枚慣れた動作で拭きながら、美樹が問いかける。 
白い食器が次々と積み上げられていく様子は見ていてとても気持ちがいい。
「うん、前はね言えなかった事が言えるようになってそれは獠もそうみたいなんだけど、
でもなんでだかモヤモヤがどんどん出てくるの。なんでかなあ、、」
「ええと、それって香さんと冴羽さんが恋人同士になったら、前とは違う気持ちが増えたってことかしら?」
「こ、こ、こ、恋人!!?」
「そう、恋人。」
口をパクパクしながら、瞳をまんまるに見開いて椅子から半分落っこちそうになっている香に、美樹が涼しい顔をして答える。
「えーーーー!!?」
「あら、違うの?」
「ち、違う?!、、、違わない、、かも。」
最後は自信なさげに、消えいるような声になっていく。
やれやれといった表情で、拭いていたお皿と布巾を横にそっと置きながら、美樹が問いかける。
「ねえ、香さん。恋人同士になって一緒に暮らすって、なんだか始めは、慣れないこともあったりすると思うの。でもあなた達はもうずっと一緒に暮らしてるから、そういうことでの 遠慮からのモヤモヤではないわよね。」
「うん、、、」
日常はいつもと変わらず回っている。
お互いのペースもお互いが掴んでいるから、
淡々と日々はこなしていけているのだろう。
「じゃあ、きっと、気持ちの方ね。
シンプルに恋愛に関しての。男と女の。」
「お、男と女、、恋愛、、、、」


あなたがそんなに小さくならなくていいのに。
こんな風に自信の無さの塊にしてしまった
あの男に文句の一つでも言ってやりたいけ 
れど。


「モヤモヤするのってどんな時なの、香さん?」
「そ、それは、、、だから、、その、、、
わからなくなるの。ワガママになってる気もするし、どんな風に伝えていいかわからないし、なんだか時々、今までにない感情ぶつけてくるから、ワケわかんないし、、
とにかく全然わからないの、、」
ぱちぱちと瞬きをしながら美樹さんがぽかーんとした表情でこちらを見ている。
あれ?あたしなんか変なこと言った?
あれ?
見つめ合う二人
ぷぷ。
あ、笑われた、、、
思わず吹き出した美樹を見て、はてなマークが頭の上で揺れている香に、優しい低音の声が降り注いでいく。


「それって、普通よ、香さん。
好きになればなるほど、欲張りになるし、ワガママになる時もあるわ。反対に臆病になる時も。わかりたいけど分からない事もあるから。」
「え?普通なの?」
驚いて思わず声のボリュームが上がっていく。
「ん〜〜、まあ香さんたちの場合、特殊な仕事だし、冴羽さんはあんなのだから、ちょっと一般的なカップルとは違うかもしれないけど、でもよくある悩みなんじゃない?」
あんなの?どんなの?
なんとなくわかるけど、うん。
「えと、あんなのがとってもわかりにくいのも普通なの?」
「ああ、それは特殊よね。ほら、冴羽さんってアレだから。人一倍、ううん何百倍ぐらいわかりにくいから、香さんも余計に不安になっちゃうわよね。」
アレってなんだろ?
でも何百倍どころか永遠にっていうぐらいわかりにくいのはほんとよね。うん。
暗号のように紡がれる美樹の言葉に、獠の顔を思い浮かべながら、そういえば時々パズルのピースをはめ込んでいくように難解極まりないやつだと、美樹の言葉の的確さに改めて感心する。
「距離感がわからなくなっちゃうのよね。全部知りたいって。そういうのってやっぱり時には衝突しながらもお互いにとってのベストな寄り添い方を見つけていくんじゃないかしら。」
「そ、そういうものなの?」
「ええ、そういうものよ。いいじゃない、恋愛真っ只中です!っていう感じで。」
「えーーーー!!!」
恋愛中なんて、そんな甘い雰囲気じゃないわよね。でも上手くいかない時ってみんなあるのかしら?
目の前の美樹がニコニコしながらカウンターに頬杖をついて、香を見つめている。

ガラス張りの店内に、柔らかな日差しが差し込み、壁や床をキラキラと輝かせてゆらゆらと淡い輝きを放っている。
「、、悩んでたの。遠く遠くに感じて。」
「香さん、、」
「もう、、嫌われたんじゃないかって。
面倒だって思われたんじゃないかって。」
「それはないわね。」
キッパリ、はっきり、スッキリ簡潔に美樹は言い切った。
「な、なんで!?」
余りに即答で言い切る美樹に、思わずカウンター越しに身を乗り出し、ぐいと顔を近づけて問いかける。
「だって冴羽さん、時々うちに来ては私にちょっかい出すふりをしながら、それとな〜〜く香さんの様子を聞いてたもの。本人さり気ないつもりが全然さりげなくないんだけど。
昨日だってそうよ。だから、ちょっとからかってみたら、ムキになって言い返してくるの。可笑しかったわ、あの冴羽さんが。」
美樹はクスクスと可笑しそうに笑いながら言う。
「うそ、、、」
「ほんと。」
「でも、、」

信じられないという風に美樹の大好きな綺麗な瞳を不安に揺らせながら、縋るように見つめている。
全く、こんなにまで自信という香さんが本来持ってよいはずのものを奪っていった、かの男を恨めしく思ってしまう。
「自信持って。香さん。」
「自信なんて、、無理よ。」

そんなに儚く寂しそうに笑わないで
私はいつだってあなたの味方だから
いつもあなたに笑っていてほしいから

「そんなことないわ。いつものポーカーフェイスがどこかへ行っちゃった冴羽さん、見せてあげたかったわ。ね、香さん、ちょっと耳を貸してくれる?」
「?」
少し首を傾げながら素直に美樹に耳を近づける。
ゴニョゴニョゴニョゴニョ
「!!!?」
声にならない声が漏れ、瞬時に固まり、じわじわと頰が赤く色づいていく。
耳まで真っ赤になり、香は呆然と立ち尽くす。
「ね?大丈夫。ちゃんと愛されてるわよ。」



昨日は大きな喧嘩をした。
お互いが気持ちの制御が効かなくなり
売り言葉に買い言葉で
冷たい言葉が二人の間を行き交う。
「好きにすればいい。」
「、、わかった。そうする。」
バタン。と力いっぱい振り向きもせずドアを閉めて逃げ出したのはあたしだけど。
きっと獠の気持ちも、あの場所からあたしから、とっくに逃げ出していたんだと思う。

近づき過ぎるのをきっと良しとしないから。
踏み込みたいわけじゃないのに、男女間の事で上手く立ち回れないあたしは多分重荷なのかなと感じる。

ポトン、ポトンと真っ黒な何かが心に落ちていく
ポトン、ポトンと溢れてくる涙が顔を覆う手の平から溢れ、床に落ちていく


しばらくすると、玄関のドアが閉まる音が微かに耳に届き、ああ、出かけたんだな。とぼんやりと認識する。
こんな時はどうするのかな。
ちゃんと話し合うのかな。
そんなことももう面倒だとばかりに
夜の世界に安らぎを求めていくように思えて
自分の立ち位置の意味が理由が
消えて無くなりそうで、ぐらぐらと体の芯から揺さぶられていく。
「明日、ちゃんと笑えるかな、、自信ないなぁ、、」

翌日は顔を合わす自信がなくて、朝食兼昼食を用意すると逃げるように街へ飛び出した。
キン。と冷えた朝の空気がぐちゃぐちゃな
心に心地が良い。
夜の喧騒はどこへやら、ひっそりと静まった新宿の朝の顔はどこか穏やかで。
歩幅を速めながら駅へ向かう人々の流れに逆らわぬように、歩みを速めていく。

鉛のような気持ちを抱えたまま、目的の場所に辿り着き、カラン。とドアを開けた。




「そんなことあるわけないわよね。」
「うん。ありえない。ないない。美樹さん聞き間違えたのかしら?」
キャッツを出て、伝言板を確認して、ブツブツ独り言を繰り返しながら歩いている間に、もう三回、人やら、柱やら、壁やらに激突した。
おでこと鼻がちょっと赤いけど、今は痛みが気にならない。先程美樹に言われた言葉が頭の中で何度もリピートされてそれどころではない。

ブツブツブツ
ドスン

あ、またぶつかっちゃった。
これは壁でも柱でもないわね。
「ご、ごめんなさい!!」

ああ、この匂いなんだか安心する。
あれ?
慌てて見上げた先には、見慣れた赤色のモノが広がり、うん?と更に上を見上げると
「獠!?」
見慣れたモノの先には見慣れているのに、やっぱり見惚れてしまうほど端正な顔立ちの男。
これ以上はないっていうぐらい仏頂面だけど。
「ご、ごめん!!ちょっと考え事してて。
というか、なんでここにいるの?まだお昼前だよ。」
「、、探してた。」
仏頂面の男が更に眉間に皺を寄せて答える。
「何を?」
「、、おまえは馬鹿か!」
「何よ、いきなり!?なんで怒ってるのよ。
馬鹿はあんたでしょ!!」
先ほどまでの悩める乙女はどこへやら。カーン。と頭の中でゴングが鳴り響いた気がする。
「おまえなあ、、いい加減にしろよ!人がわざわざ何でこんな事、、」
「何がよ!!だから何してんのよ。わざわざ何なのよ!」
わけがわからずイライラが募る。
モヤモヤの気持ちも含めて特大ハンマー召喚かしら?とキラリ。と手の中で光が生まれそうになるとーーー
「わ!?待て待て待て!?なんで探しに来たのにハンマーくらうんだ。違うだろ!!」
「は?だから何を?気合い入れて朝からもっこりちゃんを??」

ずるっ。
わかりやすくずっこけた男をわかりにくいんだけど。と腕組みして呟く女がジト目で睨みつける。
「だあーーーーっっ!!お前ほんと狙ってんのか?!普通わかるだろ!」
普通じゃないと言われているようで、カチンと別の導火線に更に火が入る。
「どーせ普通じゃないわよ!何がわかるのよ!?ワ、カ、ン、ナ、イですうぅーー!!」
「うわ!可愛くねえーー!!だから!!探してたっつーーの!!」
ぴくぴくとこめかみに青筋を立てながら珍しく大きな声で獠がまくしたてる。 
やだ。汚い。唾飛んでるんですけど。

「どーせ可愛くないですけど!?」
「違うだろ!そこじゃないだろ!探してた。が重要だろ!このおれが。」
「あんたに可愛いくないって思われても、痛くもかゆくもないわよ!べーーーーだ!!」
「だからそれは置いとけって。おまえは子供か!!」
あんたの方こそ大きな子供じゃない。と思いながら、沸点を振り切り、許容範囲マックスもう限界。で再び慣れた感触が両手に召喚されようとする。
「!?だから!ちゃんと聞けって!
探してたんだよ。おまぁを!!」
「へ?」

しーーん。

気がつけばここは街中。先ほどからの二人のやり取りは、ただでさえ目立つ二人を更に注目の的にさせていた。
周りを行き交う人々は足を止めることはないが、横目で見やりながら好奇心丸出しでしっかりと観察しているようで。
それに紛れながら、あの二人また痴話喧嘩してる〜、仲良いんだから。クスクス。
という、いつの間にか顔を出した馴染みの新宿の住人たちが、ひそひそと耳打ちしながら笑っている。
「え〜?どうしたの?」
「それがね、獠ちゃんが香ちゃんを探して〜〜」
「うんうん。」
「あら、違うわよ。補足するとね、家出した香ちゃんを追いかけて〜〜」
「うんうん。で?泣いてる香ちゃんに獠ちゃんがあたふたしてるの?」
家出でもないし、泣いてもいないんだけど。
どんどんとあらぬ方向へ話が進みそうで、
思わず隣の大男にしがみつく。
「り、獠、、、」
「、、めんどくせぇ、行くぞ!」
ぐいと強い力で腕を掴まれ、そのまま引きずられるようにその場を後にする。
あの調子では明日はいく先々で質問責めにされそうだ。
そういえばさっき獠、なんか言ってたわよね。
探してた?誰が誰を?
思考がなかなかクリアになっていかない。

ずるずるずる。
、、、、、、。

「だあーーーー!!こら香!いい加減に自分で歩きやがれ!重いわ!」
「え?、、、あ、ごめんごめん。
ちょっと考え事を、、、わーー!!」
ピントが合ったように先ほどの言葉が今この瞬間にストン。と胸に落ち、思わず大声が出てしまう。
「うわ!?なんだ?急に大声出してびっくりするだろうが!」
「さ、さ、さ、さ、さ、さっきのって!」

落ち着け。と柔らかい視線を投げかけてくる
目の前の男がぼんやりと滲んでくる。


「もうね、ダメかと思ってた、、」
溢れてくる頰を伝うものと感情で言葉が上手く声に乗っていかない。
「なんでそうなるんだよ。考えすぎだよ、おまぁは。」
少し掠れた声の獠が困ったような顔をして、香の頭をポンポンと撫でる。


何故、この優しさが見えなくなっていたんだろう。
どうして、こんなにすれ違っていたんだろう。

「ね、獠。切れかかっていた電球ね、変えてくれたの?」
「ん?ああ、、、」
「ちゃんと変えてくれたんだね。」
「おまえが変なこと言い出すからだろ
ーが。」
照れ臭そうに獠はプイと横を向く。

どうしてあたしはこんなシグナルにもフィルターを掛けて見えないものにしていたんだろう。
きっとこれが獠の精一杯だったのにーー

「獠ってメンドクサイの嫌いでしょ?」
「ああ?まあな。」
「だからもう無理かなって。」
「はあ、、、おまえ話飛びすぎだろ。」
「なんでよ。」
「わかんねーのかよ。」
「わかんないわよ!!どーせわかんないわよ!だってわからないもの。お、お、男の人と女の人のことなんて!」
瞳いっぱいに溢れる涙顔で、キッと目の前の男を睨みつける。
何故だか顔が硬直して固まっている獠がそこに居てーー。
ん?なんで?
不思議に思い、ジャケットを両手で握りしめてグイグイと詰め寄っていく。

あ、やっぱり固まってる。
ん〜?と更に顔を近づけていくとーー
ギュウーーと息もできないくらいに強く強く
抱きしめられた。

あたしの肩に顔を埋めながら、はあ、、と一息吐き出し、獠が呟いた。
「、、アホ。そんな顔誰にも見せんじゃねーぞ」
獠が口を開くたびに肩に顎がコツコツ当たってなんだかくすぐったい。
「そんな顔って、どんな顔よ。」
「だから、さっきのだろ。」
「さっきのって?」
軽く胸をトンと押して、下から見上げながらじっと見つめる。少し伸びかかった前髪が左目にかかって鬱陶しい。はらり。と左手で払い、瞬きをしながら再度見つめると、
先程と同じ様にこちらをじっと凝視しながら、
多分固まってる様子の獠がいた。また?
「ん?りょーー」


言葉を遮るように深く深く抱きしめられる。
苦しくて、苦しくて、
だけど嫌だって言えない有無を言わせない、圧倒的な拘束力がその手から、その漆黒の瞳の奥でユラユラと揺らぐ光から、熱を帯びて伝わってくる。

「はあ、、、無自覚ってこえーよな。
いいから、見せんなよ。絶対に。今のもさっきのも。特にあのエセ天使にはな。」
「ミック?なんで今ミックなの?今って?
なんなのよ!もう!」
ため息ばかりつく男が腹ただしくて、ガンガンと靴先を何度も蹴り上げていく。

「、、おまえ、、ここはいいムードになるとこだろーが!」
「はあ?知らないわよ!そんなの!
わかんないことばっかりで、そんなことされても余計にモヤモヤしちゃうわよ!
だいたい、なんなのよ!このモヤモヤは!?
美樹さんはあんな風に言ってくれたけど、
やっぱり、、やっぱり、、
そんなはずないって思えちゃうーー。」


黙れ。とばかりに重なる唇

角度を変え深く、逃がさないとばかりに



こんなの反則だと思う。
ここ街中だよね。何やってんの?あたし達。
一本裏に入った路地道だけど、それでも
通り過ぎていく人達はいるわけでーー。

「なにやってんのよ。」
暑くなる頰と、熱く胸打つ鼓動。
この距離感は、最近ようやく慣れてきたとはいえ、不意打ちだとやっぱり心臓に悪いと
思う。
「ナニってナニだろ?」
さっきとは一転、落ち着き払った様子でニヤリと笑う顔は、悔しいぐらいに色気を放っている。
「馬鹿じゃないの、、、」
言葉とは正反対にどんどん威勢がなくなっていく。この腕の中の温かさが心地よいと知っているから。誰にも渡せないともうとっくに気づいているから。
「あのなあ、香ちゃん。おれさあ確かにメンドクサイの嫌いだけど。」
「うん。知ってる。」
「でもさ、おまえとならメンドクサイ事もそうじゃない事も、これからの事もずっと先の事も嫌じゃないって言ったらどうする?」
「信じない。」
「、、おまえな、もうちょっと考えてからとか、、どんだけ信用ないんだおれ。」
「うそ。信じる。」

予想外の答えだったのか、驚いたように獠が大きく目を見開いて瞬きもせずこちらを見つめている。
「なによ。自分で言っといて。信じちゃダメなの?」
ぷうと頰を膨らませて、ジリジリと詰め寄っていく。惚けたように立ち尽くしていた獠だが、そんな香の様子にクックッと可笑しそうに笑うと、左手で顔を覆いながら空を仰ぐ。
「上等だ。覚えとけよ。」
「はあ?なによ偉そうに。言ったあんたがちゃんと覚えときなさいよ。」
「りょーーかいっ♪」
「うわっ!軽っ!人がどれだけ悩んだと思ってーーモゴモゴ。」

すっぽり覆われるように抱きしめられた。
今度は力加減をちゃんとしてくれている。
だけどこの距離感はやっぱりドキドキだ。

スリスリと香の髪に頰を寄せながら獠が言う。
「なーにを悩んでたんだ?香ちゃんは?」
普段は香。と呼ぶのに、時々ちゃん。づけになるこの呼び方が実はとっても好きなことは
黙っていようと思う。
だけど、少しだけ素直になれそうなのは
この状況で耳元で好きな呼ばれ方をされたからなのは否めない。
「、、嫌われたかと思ってた。」
「なわけねーだろ。馬鹿か!」
心底呆れた声で獠が想いを吐き出す。
「そんなわけないんだ?そうなんだ。フフ、、
あたし馬鹿みたいだね。なんだか獠、今日は優しいね。」
「おれはいつだって優しい!」
「あたし以外にはね。」
うぐぐ、、、とやり込められた男の呻きが響く。

「ねえ、獠。どんなことをしててもいいから、言いたくないならそれでいいから、だからね、、、
そんなことじゃなくて必ずちゃんとちゃんと
帰ってきてね。怪我なんか、、しないでね。」
「おまえ、、、わかって、、」
「あたしは何にも知らないよ。それでいい。
生きて帰ってきて。それだけ。
あーーよかった!やっと言えた。」

返答の代わりに、グリグリと更に香の髪に顔を埋めてくる獠の表情は分からないけれど、
鼻腔に広がる硝煙と煙草の微かな香りに、
泣き出したいぐらい幸せな感覚が胸をギュッと鷲掴みする。

「壊れるなんて二度と言うな。」
「うん。」
「勝手に不安になってんじゃねーよ。」
「うん。」
「出て行ったかと思って、焦っただろーが。」
「うん?、、うん。」
「こんなの柄じゃねーんだよ。二度と言わないからな。」
「えー!?」
「えー。じゃねーよ。バカオリ!」
「えーー。」
「、、、。でも、まあ、なんだその、
不安にさせたおれも悪かったよ。」
「えーー!!」
「ここはえーー。じゃないだろ!あーもう!
おまえといるとほんと調子狂うわ!!」

変わらないね。あたし達。
こうやって色んな事を乗り越えながら一緒に時間を重ねていけたら
寒い寒い冬の先には
こんな暖かい春が待ってるって
気付かせてくれたから


まだ、あーだこーだブツブツ悔しそうに一人呟く獠に、
「あたしお腹空いちゃった。帰ろう、獠。」
と言いながらそっと腕を絡ませる。
「あ?しゃ〜ねーなあ。香ちゃんがそう言うから、今日は特別に帰りますか。帰ったら、覚えとけよ。香チャン♪」
あ、なんか嫌な気がする。
こんなアイツはイケナイコトの塊の気がする。
「やっぱり、やめた!あたしもう一回伝言板見てくる!」
「いやいやいや。待て。さっき行ってただろーが!ささ、帰るぞ。」
「や、やだ!む、無理!」
ぴったりとくっついてくる男を全力で引き離そうとするが、纏わり付いてびくともしない。
「おまえなあ、、こんな時だけ勘がよくなってんじゃねーよ。いいじゃん♪仲直りの記念に
楽しいこといっぱいしようぜ♪香チャン♪」
前言撤回。こんなチャン付けは本気でいらない。
「い、嫌だ!死んじゃう!!!」
ヘラヘラ笑う瞳の奥が笑っていないように見えるのは気のせいか。本気で逃げたい。
「死ぬか!!馬鹿!どんだけだよ!」
「やだやだ!あたし帰らない!ムーーリーーッッ!!どんだけって、じ、自分の胸に手を当ててよおく思い出してみなさいよ!!」
「ん?んーー?そういえばあれは三日前のーー」
「!!!?!??うそ、うそ!!思い出さなくていい!!いいから!」
「、、なあ、香。」
獠が無言で指差す方に目をやると、、
ざっと見て10人は足を止めて、二人のやり取りに耳を傾けて聞き入っている。
それはサラリーマンだったり、OLさんだったり、果てはやだー。だいたーん。
とキャアキャア言い合う女子高生二人組だったりで。
即座にボン!と顔全体が沸騰したように、
真っ赤な顔をして身振り手振りで、違うんです!とジェスチャーを送る女と、それを見ながらニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべる男と。

「うあああぁぁ!☆○△□♯!!!」
「香チャン、何言ってるかわかんないぜ。」
「✖︎○□!!」
「ささ、帰りましょ〜〜ね♪」

嬉々として鼻歌なんかも歌っている獠に引きずられながら、家路へと否が応でも近づいていく。
恥ずかしい、、恥ずかしすぎてどうにかなりそうだったけど、こんな事以前の二人では考えられなかった出来事だ。と思うと、恥ずかしさより温かい気持ちがジワジワと心を侵食していく。


キュッ。

「ほえ!?」
気がつくと自然、背中越しに抱きつく姿勢になっていて。
大きな広い背中にコトンと頭を添えると、何もかもが満たされていくような充足感で一杯になり、回した手をキュッと思わず強めていく。

大好き。

言葉には照れ臭くてやっぱり出来ないけど

失くさないように。
見失わないように。
この瞬間が今は全てだけど、
これから先の瞬間が何度でも訪れるように。

背中越しに振り向いた獠の瞳は、
多分、ううん。きっと

おれもだよ。

と言っている気がするのは、自惚れじゃないと信じていたい。

「ねえ、獠。そういえば美樹さんなんて言ったの?昨日。」
「へ!?」
分かりやすくギクリとした顔をして、左へ右へと目が泳いでいく。
「おまぁは知らなくていいんだよ。」
ツーンと口を尖らせて、慌てて胸元のポケットを探りながら煙草を探す仕草は、裏社会ナンバーワンの冷静さがどこにも見当たらない。
「ふーん、まあいいけど。寒いから今日はお鍋にしよう!獠、買い物付き合ってね。」
「げーー!なんで俺が。」
「働かざるもの食うべからず。よ!お鍋食べたくなかったら別にいいけど。」
「ぐう、、、、」
鍋とナンパ。鍋ともっこりちゃん。
なにやら一人でブツブツ呟いていたが聞かないフリをして。馬鹿につける薬はないわね。
と、諦めて香が歩き出そうとするとーー
「仕方ないから行ってやるよ。」
ちょっとぶっきらぼうな口調の獠が、ん!と
腕を差し出してくる。
「勝ったんだ。お鍋が。よっぽどお腹空いてるのね。」
花が咲くようにキラキラと輝くような笑顔を浮かべた香が、ごく自然に腕を絡ませる。
「、、勝ったの鍋じゃねえけどな。」
「え?じゃあ何?」
「教えな〜〜い。」
「何よ!それ。もう!」


このままずっと歩いて行こう。
今も明日も来年もその先も。 

朝の光に包まれていた街は、ゆるりと過ぎゆく時間と共に賑やかさを増していく。


ねえ、獠
あん?
あたしたち、きっとまだ途中なんだよね。
んーー。
色んなところにぶつかりながら丸くなっていくんだよね。
んーー。
繰りかえすのはいやだな。
おう。
でも時々忘れちゃうかも。
そん時はそん時で考えるさ。
考えてくれるんだ。
ん?
すたこらさーーって逃げちゃったりしないんだ。
、、おまえな
へへ〜〜、ごめん
、、もう逃げないさ
、、あたしも。
コツン。と額を合わせて笑い合う。
笑って泣いて喧嘩して。
また笑って笑って、抱きしめあって。
その先に淡い光がずっとありますように。
と願いながらーー

たくさんの大好きを。

CITYHUNTER(シティーハンター の二次創作で、イラストや時々漫画、たまには二次小説などをつらつらと置いている場所です。 その他、CH以外にも時々呟きます。 原作者様や公式関係者様には一切関係ありません。あくまで個人的な趣味の範囲のブログです(*´-`)

0コメント

  • 1000 / 1000