深海 3
「お久しぶりです、冴羽さん。香さん。」
凛とした立ち姿はあの頃の面影のままで、
一年と少しの時間の流れが無かったかのように、屈託のない笑顔を向けてくる。
変わらないな。
国のトップに立っているのに、こんな風に
自然、懐に入り込んでくる無邪気さがあったなと懐かしさに獠は思わず目を細める。
隣の気配を探ってみるが、特別過度な緊張などは伝わってこず、いつも通りの香の様子に
これならば大丈夫だな
と話を続けていく。
昨夜、入国し今朝こうやって再会するまでに、様々な雑務をこなしてきたであろうユキは多少疲れを感じさせてはいるが、表情には
隠しきれない喜びが溢れていた。
冴子の手配で用意された部屋には、最小限の
SPやユキ側の関係者しか待機しておらず、
その全員が部屋の外に配置されており、何か話しがあるのだろうと推測してみるが
敢えて触れる事なく、他愛もない話で場を繋いでいく。
流石、警察が絡んでるだけはあるなーー
全窓防弾ガラスの仕様の窓際に立ちながら、それでも死角になりうる立ち並ぶビル群をさらりと探ってみるが、格別警戒が必要なピンポイント場所は見当たらない。
大掛かりな軍事行動でも行わないかぎり差し迫っての危険はないかーー
過信は禁物だが、現状、後方で問題はなさそうだと振り向こうとする獠に
「冴羽さん!!!」
跳ねるような声と共にドスンとその声の主が、塊のように胸に飛び込んできて、思わず後ろに倒れこみそうになる。
予想外も予想外。
けれどこんな無鉄砲さもなんだか懐かしいなと、驚きの中にも温かいものが胸を撫ぜていく。
見上げてくる瞳はあの頃と少しも変わらない。
そういえばあの時もこんな風に飛び込んできたなと、フラッシュバックのように鮮明に刻が蘇る。
あの時、俺はーー
じっと獠を見つめ、少し顔を伏せるとポスンと胸に頭を埋めて
「やっぱり、、あなたでなきゃーー。」
とユキが震える声で呟く。
瞬間、僅かだが後方の気配が揺れる。
「ユキ?」
「冴羽さん、冴羽さん、、、私もう、、」
ふるふると頭を振りながら、涙声は嗚咽に変わっていく。
溜め込んでいたものを吐き出すように、縋るように真っ直ぐにぶつかってくる瞳から目をそらす事ができない。
背中から伝わってきていた張り詰めた空気感がふるりと穏やかなものに変わり、
「香?」
と思わず振り返ると、窓際に立ちじっと外を見つめる香がいた。
心がここにないーー
諦めの表情を浮かべるこんな香をおれは何度見てきたのか
「冴羽さん。」
クロスしてくる想いを受け止める余裕の無さに
内心舌打ちする。
「もう一つのお願いが何かはあなたならわかっていると思います。
XYZです。
冴羽さん、私の側にいてください。
私と一緒に今度こそ私の国に来て下さい。
無理を言っているのは分かっています。
それでもーー。」
「お、おい待ってくれ。ガードの依頼は受ける。だがそっちは話が別だ。俺はーー。」
「全てを思い出した時からもう離れないって決めたんです。それに、私は、、、」
通常なら落ちて来る気配のない焦りで、
なんだよ!今だろ!いつも無意味に俺をぶちのめしているのに、肝心な時になんで出してこないんだよ!
と八つ当たり全開の気持ちを、未だ動きのない存在に、掴めないその気持ちに、
腕の中の存在の紡ぐ言葉がするりするりと通り抜けていき、いつものようにさらりとした返しがまるでできない。
ギュウと抱きしめられたその両手や、胸の中で押し付けられた華奢な身体から震え伝わってくる想いは熱い熱を帯びていて。
熱量の大きさが抱えているものの過酷さを物語っているようで、やはり思っていた通りの状況なのかと心に影が走る。
なぜこうも重なっていくのか
いつも穏やかな笑みを向けてくれていた
あの優しさが狂気に変わっていったのは
いつの頃からかーー
大丈夫だと頭を撫ぜられるのがたまらなく
好きだった。
くしゃりと撫ぜるその先には穏やかな黒い瞳が揺れていて、確認するかのように何度も覗き込む俺に
ここにいるよ。とばかりに更にくしゃくしゃと温かい熱を帯びながら乱していった。
とっくに失くしたつもりだったんだがなーー
幼い頃の感情なんて全て硬く心の何処かに閉じ込めたつもりだった。
否、
捨てたはずだった。優しさも甘さも全部。
受け取ったもの全てから背を向けるかのように
受けた仕打ちの残像から逃げ出すかのように
おまえに日本海を見せてやりたいなあ
うだるような暑さしかない日々の中で
空を見上げながらそう呟いたアイツは
どこか懐かしそうに目を細めていて
聞きなれない単語に幼い俺は単なる好奇心から問いかけた。
「日本海ってなんだよ?」
「お前が産まれたであろう国の海さ。」
「ふ〜〜ん。興味ねえや。」
出生なんかどうでもよかった。
自分が誰かなんて考えたくもないし知る必要もなかった。
散弾の雨の中で、思考はいつしか余計なものが削ぎ落とされ、必要最低限以外の感情は自然浮かぶことさえなくなっていた。
生い茂る草の上にごろりと寝転がり、キュッと
目を閉じてみてもそこにあるのはただ暗闇だけで、
やっぱわかんねえな。
と獠は小さく呟いた。
「日本海のそばには出雲って場所があってな。」
「いずも?」
「ああ。伊勢と対極の場所。いろんな説があるが始まりの地とも言われているな。」
「なんだよ。難しくて全然わかんねーよ。」
ちぇ。と小さく呟き、
「そこに何があるんだよ。」
と獠が問いかける。
「なにもないさ。なにもな。ただ変わらない景色が広がっているだけだ。」
「ますます興味ねえよ。なんで俺にそんなもん見せたいんだよ。」
再度くしゃりと頭を撫ぜ、男が答える。
「日本海の色がな、まるで夜明けみたいなんだ。荒々しさに打たれながら明けていく朝のように、夜明けそのものだ。出雲もそれに通じるものがあるな。
どうしてだかな、お前みたいだなとふと思ったのさ。」
「俺?」
「ああ。お前だよ。」
「ふ〜〜ん。だったら見てやってもいいけど、、」
全幅の信頼を寄せている男の言葉に、少しの興味が湧いてくる。
「出雲と伊勢は陰陽なのさ。」
「いんよう?なんだそれ?」
「表と裏。光と闇。色々な表現ができるが、
二つで一つとも言われている場所だ。」
おまえにも現れるといいな。
おまえの闇を照らす光が
そう笑って言ったあの日の言葉の意味を
あの時あの場所の俺は、
気にも止めず絵空事だと笑っていたけれど
幼い頃に聞かされた
始まりの地がある国の片隅で
あの時の言葉の意味が蘇っていく日々を過ごすなんて想像すらできなかった。
「、、で?そんなに追い詰められてるのか?
外交上でそこまで上手くいっていないとは伝わってきてはないが。」
興奮状態だったユキを落ち着かせるために
側にあったソファにその身を預け、獠は少し離れた手前のソファへと腰掛けた。
香はといえばあれからも一言も発しておらず、時に視線を遠くに外しながら、静かに二人をじっと見つめている。
何かを言いたげに口を少し開いたがまたきゅっと閉じ、少し俯き加減に獠を見つめながらユキが口を開く。
「表面上はです。表でみせるパフォーマンスの裏では様々な駆け引きが行われています。
私の国には有り余るほどではないですが、乏しくもない程度の資源があります。
資源を得るだけではなく、そこからの余波の
人材の流入、最近では周到なやり方で、
国の生命線をも奪いにきます。」
「ライフラインか。
確かにやり方はいくらでもあるな。土地の買収、大量雇用からの考えられる最悪の可能性、本気で行動を起こそうと思えばやり方はいくらでもあるからな。」
土地の買収が進んでいけば水資源のある場所も自国から他国に渡り、水資源そのものを奪われることになる。
世界的に水不足が深刻な現状、安心安全な水の確保は自国へのものだけでなく、他国への供給をも見据えてそこから産まれる利益のために、乱雑な開発を行い、水資源の周りの自然をも破壊してしまう。
現実、ここ日本でも大量の土地買収で水資源の周りや様々な場所がすでに他国に渡っている。
水資源の問題だけでなく、大規模な土地の買収による大量の移民問題、水資源を含めライフラインにおける特定の場所でのテロの可能性、ユキの国でどこまで取り締まる法があるのか定かではないが、国を奪う。というのはなにも戦争を起こして力づくで奪うだけではない。
今の時代、より巧妙により周到に情報戦での国のシークレットへの侵入や、ライフラインの制圧、移民による国の法そのものを書き換えてしまう可能性など、時間さえかければ国を一つ乗っ取る事に方法はいくらでもある。
「冴羽さん、、あなたなら私の相談に乗ってくれるって、、道を示してくれると信じてました、、」
そこまで人材がいないのかーー
外交、経済、防衛、その他あらゆるスペシャリストがいないと国は成り立たない。
特に外交はそのスキルに特化した人物の能力次第で大きく振り子が振れる。
右手で軽く眉間抑えながらどこまでの状況なのかを確認するように、獠が問いかける。
「矢面に立つ人物だけでなく、その周りに置く能力のある奴はいないのか?それだけでも随分変わってくるだろう?」
「国を想う気持ちの方向性が違うと途端刃を向いてきます。この一年と少しの間でそんな場面を何度も見てきました。信頼できる人物もいますが彼らは多方面に渡って尽力してくれています。これ以上負担はかけられません。全てを決断していくのが私の務めだと思っていますが、時に本当にこれでいいのか分からなくなるんです。
間違いなら間違いと正して欲しい。
でもそんなことさえ言える相手もいないんです。私の無力さゆえだと思っています。」
「何が正しくて何が間違っているかなんてもう分からなくなりそうです。私は沢山の人の気持ちを踏みにじった上に立っているんじゃないかって。」
光しかなかったユキの心を今は黒い闇がじわりと今か今かと捉えようとしているようで、
徐々に闇に囚われていったあの男の姿がまた嫌でも重なっていく。
知らずギュッと握りしめた両手からビジョンとして全身に広がっていくのは、
あの日の無意味に繰り返した殺戮の自身の
人ではない姿で。
チカチカと頭の中で点滅をしながら芯の部分を殴りつけてくる。
たどり着く先は同じなのかーー
壊れそうに震えるユキを目の当たりにして、
心の中で目を背けていた起こりうる可能性の
最悪なパターンの色濃さに、瞬時、愕然と戦慄を覚える。
独裁者になれるならまだマシだ
そうはなれない優しさに
闇は爪を立て牙を剥いてくる
狂うのは一瞬だ
「ねえ、獠。」
ふんわりと優しいアルトが降りてくる。
「受けてあげて。獠しかできないXYZだよ。
あたし心が震えたの。」
どこまでも優しく包むような旋律に、知らず作られた境界線がゆっくりと溶かされていく。
「な!?香、おまえ何言ってーー。」
「だって放っておけないでしょ?あたしならできないな。こんなに震えてる心を抱えてる人の依頼を断るなんて。ね?」
獠の顔を覗き込むように身体を横に揺らし、悪戯っ子のように香が微笑みかけてくる。
「はああ!??なんだあ!?
香!だからおまえ一体なにをーー」
「あーもう!あんたね、バカなの!??
あんたの大好きなもっこり美女さんが、助けてくださいって言ってんのよ。
なに眉間に皺寄せて、どっかに飛んでいっちゃってるのよ。
いつもなら尻尾振って喜んでるでしょーが!
あたしは難しい話はよくわかんないけど、要するに今助けなきゃいつ助けるのって話なのよ。そうよ、そうなのよ!わかった?」
「いやいやいや、おまえ色々はしょりすぎだろーが!!!尻尾ってなんだ!尻尾って。
俺は犬じゃねーぞ!」
「じゃあ犬でも猫でも馬でもなんでもいいから、早く受けてあげなさいよ。グチグチグチグチうるさいわよ。ばーーんて決めちゃいなさいよ!」
「おまっ!!じゃあ、じゃねーよ!じゃあ、じゃ!
ばーーんてなんだ!?ばーーんで人の人生勝手に決めてんじゃねえよ!!」
「なによっ!!?」
「なんだよっ!!?」
「さ、冴羽さん!?香さん!?」
ガルルルルッと喉を鳴らしながら相対する二人に圧倒されながら、ユキが恐る恐る問いかける。
「あ、ごめんなさい、ユキさん!
ほら獠!あんたも謝んなさい!ごめんなさい。」
「俺はなんも悪くねーぞ!!!だいたいなあ、、、おまえがだなあ」
「まだ言うか!?しつこいっっ」
「あんだとおおおぉっ!!!」
困ったように眉を寄せ、無言で二人を見つめながら、
「、、相変わらずですね。とても仲が良くて。」
そうユキが呟く。
「でもありがとうございます。香さん。気持ちがなんだかふわりと軽くなりました。
不思議な方ですね。あなたって。」
先ほどまでの張り詰めた空気が一転、コロコロと楽しそうに笑うユキの姿があった。
「ユキさん、、よかった。やっと笑った。」
「香さん、、」
トントントン
ノックの音と同時に部屋のドアがガチャリと開かれる。
「王女、お話のところ申し訳ありませんが急の案件が入りました。時間はあまり取らせませんので目を通して頂けますか?」
「冴子さん!?」
「あら、香さん。お久しぶりね。あ、そこにいるのは獠じゃない。あら〜〜偶然ね。」
「なあにが偶然ね。だ!全部わかってんだろ
ーが!!今日だっておまえが仕組んでんだろーーが!!」
「機嫌悪いわね、獠。悪いけど急ぐの。後程またゆっくりね〜〜。」
ひらひらと右手を振りながら、ユキを促し足早に冴子は去って行った。
「落ち着いて話もできないんだ、、大変だね。国を治める立場って。」
ぽつりと香が呟く。
「冴子のやつ!覚えとけよ!この貸しは一発じゃすまねーぞ!!」
「獠」
再び柔かな光が降りてくる。
「、、、あんだよ。」
「、、いい加減さ、素直になんなさいよ。
逃してばかりだと後悔するよ。」
光はどこまでも優しく貫いてくる。
「、、なんだよ。それ。何が言いたい。」
光に包まれながらも焦燥感に追い立てられていく。
喉の奥がカラカラに乾いて仕方ない。
「あの日の空はまだ続いてるんだよ。もう手を離しちゃダメだよ。」
見上げた空は同じ青でも
見えた景色は全く別方向を示していたのかと
くるりと背を向けた香に何をどう伝えればいいのかまるで分からない。
「だからね。」
ドクン
「もう自由になっていいんだからね。」
ドクン
頭の中にパチンと何かが弾け、目の前に真っ暗な闇が降りてくる。
気づけば知らず、香の腕をきつく掴んでいて
驚いた顔を向ける香がそこにいた。
「な、に?獠?」
「、、、、」
「、、獠??」
「おまえはそれでいいのか。」
「え??、、」
「それでいいのかって聞いてんだよ。」
更にきつく食い込む指先に、ビクリと香が体を震わす。
指先に込められていく加減できない強さを頭の片隅で感じてはいるが、鉛のように更にキリキリと深く深くに侵入していく。
「痛っ、、、」
ぎゅっと口を結び、苦痛に思わず香が目を伏せふるふると睫毛を揺らしている。
「!!、、」
熱い熱を持った指先が離れていく心残りを瞬間感じながら、獠の体が香から離れ、その場で呆然と立ち尽くす。
「、、悪りぃ、、、」
絞り出すような声で香から目を背けている獠に、一瞬薄茶色の瞳を大きく見開いて見つめていたが、ふと眼差しを緩め
「大丈夫よ。」
と止まない光を降り注いでいく。
「香、、、」
今ここで曖昧さにまた流してしまえば、
何かを永遠に失くしてしまいそうで
この光が無ければきっともう生きられない
「香、、俺はーー。」
誤魔化し続けた心にほんの少し素直になったら溢れだした想いの全てを
想いの重さの比重がまるで逆なんだと
おまえが知ったら逃げ出してしまうような
暗闇のような深い暗い願いも
全部伝えてしまえば
何もかも失くさずに居られるのか
「香、、ーー、俺は」
情けねえな。どんだけ緊張してんだ。
と、
ふうと獠が息を吐き出した同じタイミングで
トントントン
と再度、部屋にノック音が鳴っていく。
ガチャリという音とともに、見知らぬ男が香の側にツカツカと歩いていき、軽くこうべを垂れる。
「はじめまして。香さん。私はとある方の依頼であなたを守りにきました。
王女の護衛も兼ねてですので、あなたに迷惑をかけることないよう影ながらサポート致します。よろしくお願い致します。」
掛けられた言葉の意味が理解できない様子の香が徐々に警戒心を強めていき、視線を外さないまま間合いを開けていく。
「獠、、」
「おまえ、何者だ?」
察知できるはずの気配を、扉の前に立つまで一切断っていたのであろう目の前の人物の力量が未だ測れず、その目的の意味に思案を巡らせる。
「お二人とも。私はあなた方を警戒させるために来ているのではありません。私の最優先すべきは槇村香さん、そしてあなたを守るためにも王女の護衛が必須条件です。」
「何を言っているかわからないな。
何故、香を守る?香は俺のパートナーだ。
お前なんぞに守ってもらわなくても、俺がいる。
貴様、一体何が目的だ。警察関係者じゃないな。」
「私の目的はただ一つ。槇村香さんを守るためにサポートしていくことです。
何者だと聞かれるなら、今は警察関係者を名乗っているとしか答えようがないです。
何故と聞かれるなら、槇村香さんを守って欲しいと願う人物がいるからです。
荒木。荒木真一。
それが今現在の私の名前になります。」
淡々と顔色一つ変えずに男が答えを示していく。
並みの者なら震え上がるような、獠の殺気を受けながらなお、一切心を乱すことなく、静かに佇む男の姿があった。
「あたし?どうしてですか?」
混乱気味に香が問いかける。
「下がってろ、香!」
「獠、いいから。知りたいです。どうしてあたしなんですか?狙われているって事ですか?」
一定距離を保っていた均衡を破り、男が歩みを進め香の前にすっと立ち、不安げに揺れるその瞳を見つめている。
なんだ、この男はーー。
通常なら読めるはずの行動が、後手後手に回り、近距離に近づいてもなおその目的すら読めてこない。
「私はあなたを情報としてしか知りません。
どうしてかと問われれば、あなたを傷つける全てのものから守るためです。
それはあなた自身を含めて。」
「あたし自身?!、、、」
「お聞きしていた通りの方ですね。
狙われているのかどうかは現時点では答えられません。答えたくないのではなく答えがまだわからないからです。
少しづつでいいので、警戒心を解いて頂けたらと思います。
守っていくには信頼関係は必須です。」
二人の視線が絡み合う。
「荒木さん、、でいいですか?」
「香?!」
「はい。今はその名前を名乗っています。」
穏やかな口調で荒木が答える。
「守ってもらいたいとは思いませんが、あたしを狙う奴がいるなら教えてください。
あたしのことで、ユキさんのガードに支障が出るのは絶対に避けたいんです。
お願いできますか?」
強い光をたたえて香は荒木に問いかけていく。
「おい!香!!何言ってる?」
予想外の展開に発する声が険しくなるが、
香の瞳は揺らがない。
「あんたは大事な依頼があるでしょうが。
そっちにちゃんと集中しなさい。」
「おまえ、勝手に決めてんじゃねーぞ!!」
「ダメだって言ったでしょ?手を離しちゃ。」
光は変わらない。ただただまっすぐだ。
何を言えばいい。どう伝えれば伝わるのか。
わかっているのは、他の誰かに香を託すということが堪らなくどうしようもなく嫌だというこの感情だけだ。
「手を離してるのはおまえだろうが。」
「なに?なんで怒ってるのよ。」
「知らねえよ。勝手にしろ。」
「、、わかった。そうする。」
八つ当たりだ。そんなことは分かってる。
「おまえ、一体誰なんだ?」
再度、鋭い眼光で獠が問いかける。
対峙する二人の間に見えない炎が走っていく。
「その質問には一言では答えようがないですが、敢えて言うならば、そうですね、、、
冴羽獠。あなた自身とあまり変わらないのが私自身です。」
「!!?どういうことだ!?」
「戸籍もなにも存在しない。産まれた時から守るべき人をただ守るためだけの存在にすぎない。そんな一員を担っていたのが私です。
これだけ言えばお解りですか?」
ドスンと全身に衝撃が走る。驚きで獠の瞳が僅かばかり揺れた。
「ヤタガラス、、、」
紡がれた言葉に荒木がすっと目を細める。
「ヤタガラス?」
「流石ですね、ご存知とは。」
「噂だけだがな。実在するかどうかは俺も
半信半疑だったが、、、」
「実在するかどうかはご想像にお任せしますよ。今は私もその役目にはありませんから。
守ることしかできない私に新たな役目を与えてくださった方のために今は生きていますから。その方の断っての願いがあなたを守って欲しいという依頼です。槇村香さん。私にとっては何より大切な生きる意味です。」
「ある方か、、」
どういう経緯かわからないが、もしかしてと浮かんでいた疑念が確信へと変わっていく。
「断ればどうなる?」
「どうもなりませんよ。あくまで私の対象は槇村香さんのみです。あなたの意見で左右される案件ではありません。私は私がするべき事を粛々と行っていくだけです。」
なるほど。これは一筋縄ではいかないな。と
裏に絡む人物に恨み言の一つでも言いたい気分だと獠は一人毒付く。
「獠!ヤタガラスって、、、」
ジャケットの裾をクイクイと引っ張りながら、香が小声で問いかける。
「あくまで噂だがな、、、。
この国の長を守るために、産まれた時から戸籍も何も持たず、守るためだけに日々様々な訓練、知識を受け、その生涯をその対象者のためだけに生きるという奴らのことだ。」
「奴ら??」
「ああ、、、ヤタガラスは複数存在し、それを束ねる数人の元、様々な国の危機に暗躍していると言われている。戦闘、交渉、その他全てを幼い頃から叩き込まれているエキスパート集団だ。まあ俺も実際はどうだかわからんが、、」
「そんな人たちに関わっていたかもしれない人がどうして!?あたしなの?」
「さあな、、、」
心当たりはあるにはあるが確認してみないとなんとも言えないなと、どんどんと面倒になる展開に苛立ちながら頭をガシガシと撫ぜる。
ふいに視線を再度、荒木の方に移していくと、
無表情でこちらを見つめ、ゆっくりと口を動かしていく。
読唇術かーー
背を向けた香には死角になり、荒木が自身に向けて読唇術を使っているのは明確だ。
わたしはあなたからかのじょをまもるために
ここにいます
ーー!!?
辿る唇から読み取れる言葉の意味が上手く思考の先まで回ってはこない。
あなたのやさしさがかのじょをきずつける
わたしはまもります
そのすべてから
たとえあなたのそばからうばうことになったとしても
逆方向に回り出した歯車は勢いを増し、
速度をぐんぐん上げていく
投げ出せない自分の甘さに
失うものの果てのない喪失感に
ぐらぐらと天秤を揺らしながら
光が差し込む場所をただただ求めていた
ヤタガラスさんは、サッカー日本代表のユニフォームにもシンボルマークでいます(*´-`)
ヤタガラス(八咫烏 です(*´-`)
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